自転車全国行脚/警戒区域ギリギリの現実と「ありがとう東北」
金子Bです。
せっかく福島・いわきまで来たので…現実をみたいと思いました。
ちょっと距離があるので、時間の関係上、今回は自動車で楢葉町へ行きました。
もう少しで警戒区域となる楢葉町には、たぶんほとんど人がいませんでした。
コンビニエンスも閉まったまま…。

この先は、もう。

富岡町に入るためには、許可証が必要です。
のびっぱなしの雑草が冷たい風に吹かれています。なんかもう、言葉が出ません。
この向こうに自分の生まれ育った故郷があるのに、自由に行き来できない。
なんてむごいことなのでしょう。あらためて、言葉が出ません。
三陸沿岸の津波被害地とはどこか性質が違う、震災の爪痕を感じさせられました。
この日は植田のお取引先に宿泊させていただきました。
たくさん激励していただき、ありがとうございました!
そして。
いよいよ福島県、そして東北と一旦お別れするときが来ました。

勿来の関の「平潟トンネル」を抜けると、もう茨城県になります。
一言では語り尽くせない、東北太平洋側での45日間。
この旅を終えたら、すぐにでもまた行きたい場所がたくさん。
そしてお久しぶりです、関東の皆さん。

草がぼうぼうであわや見逃すところでした(^_^;)
県境には「ようこそ●●へ!」みたいな看板がたくさんあるんですが。茨城はアレ?って感じ。
大丈夫かな~。
と思って北茨城市で泊まって翌朝。
南に向かって国道6号線を走っていると、海沿いでおじさんが声をかけてくれました。

関東の皆様、よろしくお願いします(^_^)


神奈川県座間市出身で、旅の間に32歳になる松坂世代。法政大時代の02年春、50キロ ママチャリをこいで採用最終面接に来たら同情され、03年入社。野球記者、営業マンを経て、入社10年目でまさかの自転車再挑戦。趣味はゴルフ。たまに300ヤード飛ぶ。肉と白飯とじゃがいもと牛乳で身長180センチになった。12年10月に78キロの体重はこの旅でどこまで減るか。通称「金子B」。